現場一期一会(記者生活34年で心に残る人)

記者生活34年で心に残る人

さて誰だろうか。34年近くになる記者生活の記憶を呼び起こしてみました。

勤務地の埼玉県で発行されている随想誌に寄稿を求められたからです。2022年2・3月号の巻頭用で、指定のテーマは「心に残る人々」です。

若いころは警察担当が長く、記事に書いたのは「容疑者」が大半です。よりよい文化的環境を目指す雑誌の趣旨にはあいません。心に残る、というか、忘れられない人は別にいます。東日本大震災の被災地で出会ったおばあさんです。

津波で夫を亡くしたおばあさんは、仮設住宅で避難生活を送っていました。市が入居する被災者に復興への道筋を説明している時でした。おばあさんが唐突に「事故のあった部屋でもいいから貸して欲しい」と要望しました。

仮設住宅の部屋が狭く、支援の冷蔵庫や大型テレビ、布団、夫の仏壇を置くと身動きができないため、自死や孤独死があった「事故物件」でもいいので引っ越したいというのです。

その身の上が気になって、仮設住宅に通いました。夫婦で趣味だったという切り絵教室にも同行しました。夫の眠る墓にも参りました。夫は交通指導員で、避難する車を誘導中に被災したそうです。

おばあさんは、被災者用に建てられた災害公営住宅に2DK の部屋を確保できましたが、入居前に、娘のいる遠く離れた地の高齢者施設に引っ越しました。別れ際に額縁入りの切り絵を記念にいただきました。

その後に電話で話したのは2回だけ。もう80代半ばですが、お元気でしょうか。

朝日新聞さいたま総局長 山浦 正敬